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静岡地方裁判所浜松支部 昭和36年(ワ)80号 判決

事実

原告白都太郎は請求原因として、被告河合産業株式会社は昭和三十六年三月二十日、額面十一万三千九百五十二円及び額面三万一千八百八十一円、名宛人はともに浜松市田町株式会社静岡銀行浜松支店なる持参人払式横線小切手二通を振り出した。原告は「森下大三」なる者から右二通の小切手を取得し、その正当な所持人として昭和三十六年三月二十七日原告の取引銀行である静岡銀行高塚支店を通じ支払人たる静岡銀行浜松支店に右二通の小切手を呈示して支払を求めたが、これを拒絶された。そこで直ちに振出人たる被告にその旨通知し、被告に対し支払を求めたが、被告はその支払をしない。よつて被告に対し、右小切手金合計十四万五千八百三十三円及びこれに対する完済まで年六分の法定利息の支払を求める、と主張した。

被告河合産業株式会社は抗弁として、本件二通の小切手は、清水四郎の妻とし子において被告から交付を受け、交付を受けた当日これを遺失したものである。しかして原告は、「森下大三」なる者から本件小切手の交付を受けたのであるが、「森下大三」なる者は、右遺失の事実を知りながら本件小切手を取得したものであり、原告も亦その取得に際し、同人が無権利者であることを知つていたか、少なくとも知らなかつたことにつき重大な過失があつたものであるから、原告の請求は失当である、と争つた。

理由

証拠を綜合すれば、本件小切手は被告会社が昭和三十六年三月二十日豊橋市東郷町において鉄工業を営む清水四郎に対する旋盤加工賃支払債務のため振り出したものであり、当日清水四郎の妻とし子が被告会社事務所に出向いて受領したものであること、しかして右清水とし子は右小切手を四つ折にして財布の中にしまい、当日午後四時頃被告会社事務所を出て浜松市馬郡の停留所から乗合バスに乗り、浜松市松菱百貨店前で下車し、遠鉄乗合バス停留所(国鉄浜松駅所在)附近の公衆電話で浜松市内に嫁した娘を呼び出し、同所で娘と会つた後、午後六時十八分国鉄浜松駅発の列車に乗車して帰宅すべく浜松駅に赴き、同所で乗車券を買い求めるため財布を開いた際、先に四ツ折にして入れておいた本件二通の小切手を中途で紛失した事実を発見し、直ちに心当りを探したが探し当てることができなかつたので、午後六時少し過ぎ頃浜松中央警察署旭町派出所にその旨を届け出たこと、警察は直ちに被告会社の事務所に電話で連絡し、右清水とし子において本件二通の小切手を紛失したことを通知するとともに、小切手番号小切手金額等を調査して支払人である静岡銀行浜松支店にもその旨を連絡し、支払をしないように手配したこと、清水とし子は右事故のため予定より約三時間遅れて帰宅したことがそれぞれ認められる。

次に、証人清水四郎、同とし子、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、次のとおりの事実が認められる。すなわち、(一)清水とし子が本件小切手を紛失した翌日に当る昭和三十六年三月二十一日(春分の日)の午後一時半頃、高利金融を業とする原告に対し若い男から「電話で被告振出の小切手を持つているが、割り引いて貰えるか」という問い合せがあり、原告はその小切手を持つて来るようにと返事した。約三十分ほどした頃、二十二、三才の男が本件二通の小切手を持参して原告方にやつて来た。同人は、原告の全然知らない男であり、同人は「被告の下請をしている森下鉄工の者であり、小切手は被告から下請代金支払のため受領したものである」といい、「今日中に現金が必要だが、今日は銀行が休みなので、是非割り引いて貰いたい」といつていた。

原告は、前に被告に金融して被告振出の小切手で支払を受けた事実があり、被告代表者の署名押印に見覚えがあつたので、本件小切手は被告振出のものに相違ないと思つた。なお、原告方に来て割引を依頼するについては、父親と相談の上来たのかとたずねたところ、「本件小切手は、自分自身のものではないが、自分のうちのものには相違ないこと」及び「父親にかくれて内密に来たこと」をそれぞれ告白するに至つたので、原告は割引の依頼を拒絶した。しかしてその男は、父親にかくれて内密に来たものでも割引をしてくれるところがあるかとたずね、原告からこれに応じそうな附近の高利金融業者を聞いて原告方を辞去したが、なおその際「父親と一緒に来たら、割引いて貰えるか」と質し、依頼に応ずる旨の返事を得て立ち去つた。

(二)その後約一時間して先刻訪れた二十二、三才の若い男が、その父親と称するこれまた一面識のない者を同伴して原告方を訪ね、「今度は父親も承諾しているから、是非割り引いて欲しい」といい、父親と称する男も、同様息子のため割引を依頼した。

そこで原告は、割り引いてやろうと思い、父親と称する者に小切手の裏面に署名押印を求めたところ、父親と称する者は「浜松市旅籠町三四ノ三森下大三」と記載したが、両名とも印章を持参していなかつたので、さらに印章を取りにやらせ、今度印章を持つて来るのは一人でもよいといつてやつたところ、若い男だけが来た。原告はそこで押印させて小切手の交付を受けるとともに、割引代金を同人に交付した。

(三)若い男は、「七日位たてば、父親が小切手を受戻に来る」といつて原告方を立ち去つたが、その後六日位たつても来ないので、原告はかねて聞いて置いた所在場所により森下大三経営の鉄工所を探したが、それは架空のものであり、また森下大三をその住所に探したが、同じく架空のものであつた。

以上のとおり認められるところ、これら認定の事実によれば、本件二通の小切手は、清水四郎の妻とし子において被告から交付を受けた後に遺失したことが明らかであり、森下大三と称する者が右遺失の事実を知つてこれを取得したことはこれを推認するに難くない。

しかして

(一)森下大三とその息子と称する者が、原告にとつて従前一面識もないものであるに拘らず、その住所を含め身許を確認するため何一つ方策を講じていないこと(いながらにしてできる電話帳による確認すらしていない。)

(二)また、前記両名の言動には、被告本人尋問の結果からも既に次の(イ)ないし(ニ)のとおり疑わしい点があり、延いては、果して同人等のいうように被告において森下鉄工のため振出交付したかどうか疑わしいところがあつたのであるから、近距離にある被告会社の事務所に電話して、これを確かめて見る程度のことはあつて然るべきであつたのに、原告においては現実にそのような電話連絡をしていないのはもちろん、そのような考えさえ思い浮べなかつたこと

(イ)当初若い男は、父親の小切手を父親にかくれて無断で持つて来たと述べながら、その一時間後には父親の承諾を得ている点

(ロ)当初若い男の言によれば、小切手は父親のものであるのに、父親は、息子のものとみられるような言動をして、父子の間においてすら小切手の正当な帰属者につき矛盾した言動が窺われた点

(ハ)本件小切手は、翌二十二日銀行の開店と同時に、自己の取引銀行を通じて支払銀行に呈示し、同日中に現金化し得るにかかわらず、その前日のそれもおそく午後六時頃までかかつて、あえて高利金融を営む原告方を探し当てて割引を依頼している点

(ニ)小切手によつて商取引をしている者であれば、小切手を現金化したり、その割引を依頼したりするというのであれば印章も同時に持参して来そうなものであるのに、それすら持参せず、原告の注意によつて始めて持参して来ている点

等の点を綜合すれば、原告は、本件二通の小切手を「森下大三」なる者から取得するに当り、同人が無権利者であることを知つていたかどうかの点はしばらくこれを措くとしても、少なくともこれを知らなかつたことにつき重大な過失があるものといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、原告の請求は理由がない。

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